奥入瀬渓流

流れる滝に感謝が生まれた
先のない悲しみを受け入れた
このまま月日が流れるように 
奥入瀬の滝も流れ続ける
悲しみのように冷たく落ちる滝は 

涙に見える 感謝が生まれた日
涙は嘆きではなく 

苦しみは痛みではなく 可能性が途絶えない 
情熱のしぶきとなった

難聴になって

2019/07/25 投稿

私は、これまで、大きな病気というのをしたことがありませんでした。

手術も経験がありません。

身体が強いというほどではないのですが、病院に行くと言えば、せいぜい風邪で薬をもらう程度。

だから、私にとっては、一生残るかもしれない耳鳴りと言うのは、ショック以外の何ものでもありません。

病気になって、考えたことを挙げてみます。

・一生治らないかもしれないという不安で、死のうかと何度も思いました。

・仕事では、受電をしたくないです。多少なら、すぐ落ち着きますが、耳鳴りが一旦大きくなります。

・転職も考えましたが、電話の受電ができない女性を引き受け入れてくれる企業があるとも思えません。

・毎日心が沈み、自分だけが、何故こんな目にあうのかと嘆きました。

・病気のことばかり考え、仕事にも集中できない日々もありました。

・これから、一生、毎月一度は病院に通わなければならないかもしれないと思うと考えただけで疲れます。

・睡眠薬を飲んで眠る際には、地震・火事・泥棒が入っても、逃げられないのではないかと不安が募ります。

・いつか弁護士事務所で働いたり、国会議員の秘書になりたいとも思っていましたが、ハードルがあがりました。

・治らない病気で亡くなる人は、不幸だと気づきました。現在、2人に1人が癌で亡くなるようです。

 そうゆう人は皆、例外なく、不幸を感じて死んでいくのだと思いました。

 そこに地位・名誉・お金のあるなしは、関係ありません。

・医者も、治せない病気がたくさんあるのだと実感しました。同時に進歩がない分野もあることがわかりました。

 

人生の価値観も変わります。どんな人にでも、不幸は訪れる。

決して、病気を軽く見てはいけないことにも改めて気づかされました。

私の場合は、特に、福島原発事故で小児がんになった子供達に自分を重ねてしまいます。

政府の専門家は、小児がんは治ると言っていますが、薬を飲み続ける以上、すっかり治ったとは言えないわけです。

子供達の将来は、何かしら奪われるのだと思います。

将来の夢も不安から奪われかねません。

気持ちが沈み、夢さえ持てないかもしれないのです。

辛い状態で「頑張れ」と言うのも酷。

人々も、遠巻きに見守るだけになってしまう人も多いだろうと思います。

しかし、私が病気になってみて、思ったのは、気にかけてくれるだけで、安心するということでした。

人間とは何故か変なもので、憐れんではいけないように思うところがあります。

逆に自分は人より不幸だと感じさせてしまうようなところもあるからです。

しかし、私の場合は、そうではありません。気にかけてくれると、人の温かさに触れ、救われました。

それが、子供達にも、希望を与えられるように思います。

これから先、福島原発事故による病気も増えてくることが考えられます。

遠巻きに見るだけにならないように、何かしら応援できたらと思っています。